歯のコラム
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一本だけ直す?口全体で治す?――歯を長く守るために選ぶこと
2025.09.19
「痛いところだけ早く直したい」――そういった希望はよくお聞きします。仕事や家事で忙しいなか、まずは目の前の痛みを取りたいということでしょう。確かに痛い状態が続いているのは辛いですし、私たちもできるだけ早く痛みを取りたいと思っています。
ただ一本ずつ保険診療で応急的に治療を重ねると、根本的な原因が解決されないまま“つぎはぎ”的な歯が増え、やがて口全体のバランスが崩れていくことがあります。
ご本人が気づかないまま進んでいく「咬合崩壊」=元々の歯並びから変化し、連続的に他の歯に異常が起きてしまう状態 について少しお話したいと思います。
患者さんにとっても歯科医院にとってもよくあること
「痛い→削る・詰める→落ち着く→また同じ歯が痛む、もしくは別の歯が痛む」。このループを何年も続けている――そんな方は少なくありません。忙しさや費用の心配から、最短・最小の処置を積み重ねるのは一見合理的に見えます。
しかし、痛みは結果であり原因ではありません。むし歯や歯周病、噛み合わせの力の偏り(咬合ストレス)、清掃しにくい形態など、根本要因がそのままだと、歯のトラブルは再発することが多いです。根本的な解決が必要なのは歯に限ったことではありませんので身体の健康、ご自身のお仕事や趣味、取り組んでいることに置き換えるとわかりやすいかもしれません。
例えば暴飲暴食をついついしてしまう人が会社の健康診断で再検査になり通院をして手術や処方をしても、元の生活を変えなければ治りません。歯についても同じことが言えるのですが、歯が硬いからなのか、どこか身体の不調というより家電や家の不具合のように「修理」というイメージを持たれている方が多いように感じます。
一本治療が全体を崩すメカニズム
高さ・接触のズレが起こす“噛み合わせのドミノ”
詰め物や被せ物の高さがわずかに高い・低い、隣の歯との接触(コンタクト)が弱い・強い――その小さなズレが一部の歯に強い力をかけてしまいます。なんだか噛みにくいなと感じる人もいますし、噛みにくいので逆側の歯でばかり噛むようになる人もいます。
結果として、歯にヒビが入ったり、欠けたり、根の部分が割れてしまったりすることがあります。知覚過敏の症状や、詰めものやかぶせものが外れてしまうこともあります。さらには顎関節への負担が生じて痛みが出る方もいます。
元々綺麗な歯並びで初期の虫歯を治すだけではあまり異常が起きにくいですが、そんな方でも治療を繰り返していくことで全体の力学バランスが崩れてしまうわけです。
では元の歯並びに異常がある方の場合はどうでしょう?。これはとてもアンラッキーですが同様に異常が出ることが多いです。丁寧に歯みがきやフロス、歯間ブラシをして、うがい薬や定期検診を行っても治療が避けられないことが多いです。
開咬(かいこう)といって口を閉じた時に奥歯は噛み合っているが前歯の上下が開いているケースや、反対咬合といって口を閉じた時に通常上の前歯が前に重なっているものが下の前歯が前に重なっているケースなどでは80歳になった時に20本の歯が残っていないことが大半です。
保険診療のつめものやかぶせものによる小さいズレ
「食べ物が詰まりやすくなった」と感じることがありますが、これは、歯と歯の隙間が適切な感覚になっていないことが原因の一つとしてあります。つめものやかぶせもの製作する際には歯の型を取って模型を作り、歯科技工士が作成します。
この際に使う材料は保険診療の場合、安価なものをつかわなければ赤字になりやすいため模型に誤差が出やすいという欠点があります。結果として出来上がった際に適切な間隔にならないことがあります。
“やり直し”の連鎖
根管治療は簡単に言えば歯の根にある神経を抜く治療とその再治療です。この神経が通っている管は非常に細く、曲がっていることもあるため、治療の難易度が高いです。細かくご説明すると非常に長くなるので割愛しますが、この治療は歯の治療の中で、かなり後期の治療です。表面の小さな虫歯の治療→少し大きいつめものの治療→神経を抜く治療→抜歯、という流れです。
そのため再発した場合治療が出来ず抜歯になることがあります。そして根管治療の成功率は治療後にどのようなかぶせものを入れるかということも非常に重要です。精密に作成した長持ちしやすいセラミックやゴールドでの治療と、保険診療の銀歯やプラスティックの治療では圧倒的にセラミックや銀歯の治療が長期的な生存率が高いです。
治療を繰り返すごとに歯を削る量が多くなりますので、歯にかかる力に耐えられず割れてしまったり、歯とかぶせものを接着する面積が少なくなりすぐ外れたりします。治療を何度も繰り返したり、複数の歯の治療をしていくうちに歯にかかる力のバランスが崩れて他の歯が欠けたり、折れたり、割れたり、倒れたり、歯肉が減ったり、減った歯肉で露出した歯の根の部分が虫歯になったりと全体的な問題へと変わっていきます。
「痛い所だけ」治したい気持ち
私たちも、まず痛みを取ることを大切にしています(応急処置)。ただし、痛みはあくまで結果で、どうして痛みが出たのかということが非常に問題です。
想像しやすいことでいえば、「歯を磨かなかった」「歯みがきが適切に行われなかった」ということでしょうか。そして痛くなった場合は本人も理解しやすいのですが、痛くないところにも問題は潜んでいます。
歯周病や噛み合わせの摩耗、不適合な修復の境目などは自覚症状がないことも多く静かに進んでいきます。「今は困っていない」=「問題がない」ではありません。応急で終えるのではなく、どこから・どう直すかを全体像から計画することが、将来の通院回数と総治療費を抑える方法になります。そして自分の歯をどれだけ抜歯しないでいられるかという問題に対する解決法になります。
誤解を解く:保険診療と自費診療のちがい
保険診療が悪、自費診療が善という話ではありません。両者の差は“自由度”です。材料や手技、処置にかけられる時間、全体設計の幅――これらの選択肢がどこまで取れるかで、精度や長期安定性が変わります。
たとえば、マイクロスコープや拡大鏡を使った拡大視野での精密治療や、噛み合わせを全顎的に整える工程、清掃性まで見越した補綴設計は、ある程度の自由度が必要です。長くもたせるという目的ほど、設計・材料・工程の選択肢が価値を発揮します。
当院は「できるだけ歯を抜かない」ために自費治療を中心に据えていますが、緊急時の保険処置も行いながら、全体計画へ移行する道筋をご提案します。「完全に保険診療で行いたい」「定期検診は考えていない」というお考えの方もいらっしゃるかもしれません。
私たちはどのような治療が良いか、現在どんな状態か、をお伝えいたします。その上でより良い治療を選んでいただきたいと思っています。「どんな説明を受けても考えを変えるつもりはない」というお考えの方には私たちの治療は煩わしいかもしれません。また、そのようなお考えであれば私たちの治療はあまり合わないかもしれません。
全体治療の治療計画を決めるには
まず決めるのはどのような状態にしたいかという治療終了後のゴールです。私たちは機能(噛める)・清掃性(磨ける)・審美(見た目が綺麗)の三条件が大切だと考えています。見た目だけ整えても磨けなければ再発します。
むし歯・歯周・咬合・生活習慣といった歯の問題になる原因の優先順位を見極めて、どのような治療が必要か、どれくらいの期間がかかるのか、どれくらいの費用がかかるのかをお伝えします。
診査・診断:まずは“見える化”
全体的な治療を希望される方にはレントゲン/CT、口腔内写真、歯周検査、咬合検査、細菌検査などの歯科ドックを受けていただいています。これは身体の人間ドックのお口版というとわかりやすいかもしれません。
原因を調査し、資料を作成してお伝えいたします。これは現状の見取り図といっても良いかもしれません。標高の高い山に登る時、地図を持たずに登る人はいないでしょう。そんなことをしれば遠回りや登頂に失敗してしまいます。特に過去に色々な治療をしてきた方や、既に歯を失っている方については歯科ドックが必須です。
抜かないための治療設計
保存優先:歯質を極力残すように削ります。つめものやかぶせものがはずれにくい接着剤を使い、外れにくいような手順での治療を徹底いたします。根管治療や再根管治療についてはマイクロスコープ、ラバーダムを使用し、原則自費治療で行います。
咬合の再構成:高すぎ/低すぎる咬合を調整するために模型を作成し現在の歯並びと理想的な歯並びの違いを見つけます。かぶせものやつめものの作り直しを行います。歯が無い箇所についてはインプラント手術を行います。必要があれば矯正治療を行います。治療後はマウスピース(スプリント)を併用して歯の保護を行います。
清掃性の確保:歯とかぶせものやつめものの境目が清掃しやすいようにします。歯ブラシやフロス、歯間ブラシなどで清掃が出来なければリスクが高くなってしまうためです。歯と歯が問題無く噛み合うように整え、隣り合う歯の間隔も適切にします。おやしらずが一つ前の奥歯の清掃の問題となっているケースでは原則抜歯を行います。
必要に応じた矯正やつめものやかぶせものの作り直し:歯が傾いている、歯が伸びてしまっている、歯が動いてしまっている、歯が重なってしまっている、などの状態は矯正が必要なケースが多いです。その場合は部分矯正や全顎矯正を行ったうえで、インプラントやつめもの、かぶせものの治療を行います。
当院の方針:自費中心で“抜かない”治療を行うためには
当院は、できるだけ歯を抜かないという目的のために自費治療を中心に据えています。理由はシンプルで、時間・材料・工程の自由度が、精度と長期安定につながるからです。拡大視野下での形成・接着、模型や咬合記録の精密化、仮歯での機能確認、技工士との綿密なやりとり――こうした工程は、部分最適の応急修復だけの治療と違いお口全体の健康の維持に繋がります。
もちろん、初診時に痛みが強い時は痛みを取るための応急処置を行います。そのうえで、再発を避ける全体計画に段階的に移行していきます。
一つご注意いただきたいのは「応急処置だけ希望」や「応急処置後来院が無く、再度応急処置」というのは当院の治療方針と大きく違ってしまいます。また歯を失うリスクが非常に高いため原則おすすめしておりません。
計画・期間・費用の考え方
全体治療は治療を段階に分けて進めていきます。第一段階目では炎症のコントロールや歯周病の基本治療を行います。第二段階ではかみ合わせを整えます。インプラント手術も行います。第三段階でセラミック治療やインプラントの人工歯を付ける治療を行います。通院回数やご予算に合わせ、優先度の高い部位から順に進めます。
治療費は非常に悩ましい問題です。材料費や人件費、家賃などのコストが高騰しています。そのため治療費は高額になりやすいです。ですが考え方として「今日支払う金額が安いこと」を重視すると結果的に歯を失ったり、いざ全体的な治療を行おうと考えた時に治療期間や費用が高くなりがちです。タイムマシンがあるのであれば過去の自分に歯の治療を早期で精密に行うことを伝えられるのですが。仮にAさんが複数の歯を治療することになり長期的な治療期間と高額な治療費が必要な場合、早い段階で治療を行っていれば治療期間も治療費も抑えることができます。
さらに大切なことは、治療完了後はメンテナンスが必須です。3〜6か月毎のチェックとクリーニング、咬合の微調整、セルフケア指導を継続することで、再発を抑え、治療結果の長持ちさせることができます。
たまに「検診をしていたのにどうして虫歯になったのか?」と歯科医師や歯科衛生士に怒る方がいますが、3か月の間のほんの30-60分程度の検診で虫歯や歯周病を完全に予防することはできません。その期間どれだけ自分の歯に愛情を持って丁寧にケアすることができるのかが重要です。定期検診とはその答え合わせの時間に過ぎません。これは歯科医院だけではできないことです。患者さんと歯科医院の二人三脚で取り組むことで少しでも良い結果が出るようになります。
よくある不安と回答
Q. 今は痛くないのですが?
A. 痛みは結果です。歯周病や虫歯は日々少しずつ進んでいきます。早期に治療することで、削る量や回数を抑えられます。痛みが出てからですと混雑状況によってはすぐに治療を受けられないこともあります。
Q. 見た目だけ直したいのですが?
A. 見た目だけを先に整えたいというご要望はたまにあります。しかし、問題が起きた際に納得できる方は少ないと思います。「見た目をきれいにしたのにどうして?」「セラミック治療でお金をかけたのにどうして?」といった不満に確実につながります。見た目をきれいにする場合、機能面を満たすということが必須の条件だと思います。
Q. 期間が長くなりませんか?
A. 1回の治療を長時間にする、ゴールまでの計画をしっかりと立てる治療で調整可能です。場合によっては仮歯をつかい、不便な期間を最小限にすることもできます。。